僕が千と二百四十五円を差し出すと、レジの女の子はすごく困った顔をした。
ディスプレイには七百四十五円と表示されている。だから千と二百四十五円を出したがレジの女の子、名札には『かわした』と書いてある、かわしたさんにはそうすればお釣りが五百円玉一枚になることが理解できないらしく、困った顔で二百円と僕を交互に見ている。
多いと思うなら返せばいいのに、別に五百円玉一枚だろうが百円玉が三枚だろうがどっちでもいい。もしくはそのまま会計したって計算してくれるのはレジだ、かわしたさんはただお金をもらってレジに出た金額を返してくれればいい。だいたい四十五円がわかるなら二百円も予想が付くだろう。
一瞬、ほんの一瞬苛立ちを覚えたが、顔が可愛いので許した。
許したついでに、このまま放っておいたらどうなるのか少し興味が湧いたが後ろに人が並んでしまった、品出しをしている店員を見たがひたすらじゃがりこを並べていたので諦めた。
「あの、たぶんそれでも合ってると思うんで」
たぶんじゃなくて合っている。かわしたさんも合っている。
というか、七百四十五円以上なら仮に九百七十二円とか、そんなとんちんかんな金額出したってそこはレジが上手いことやってくれるので合ってるとか合ってないとかないのかもしれない。
とにかく僕はお互いの意見を尊重したつもりで歩み寄る言い方をしたのだけど、かわしたさんは僕が合っているとは微塵も思っていないためその気遣いは伝わらない。それどころかちょっとおかしな客だとさえ思われていそうだ、眉間に皺を寄せている。後ろの人が舌打ちをして、品出しをしていた店員が慌ててレジに入った。
「千二百四十五円でよろしいですか」
まだ納得いってない、今ならまだ訂正できますよという声色。よろしいです、合ってます。
かわしたさんが金額を入力するとレジのディスプレイはお釣りを五百円と表示した、のだと思う。僕はかわしたさんを見ていた。
かわしたさんは目を少し開いて小さく、本当に小さく、おお、とつぶやいた。一瞬聞き間違いかと思った。おお、て。
「五百円のお返しです」
すごくないですかとでも言いた気な顔。さっきからこの子は、こんなにも思ってることが外に出ていて大丈夫なんだろうか、学校でいじめられたりしてないだろうか。
何か話しかけようとしたけどやめた、かわしたさんは僕が買った煙草とパンと飲み物を袋に詰めている、袋が少し小さい気がする。後ろにいた人が会計を済ませ店を出た。
煙草とパンと飲み物がぎちぎちに詰まった袋を受け取り僕もようやく店を出る。
「店長、今すごいことがあったんですよ」
かわしたさんの、おそらく今日一番に頭の悪い発言が聞こえた、一瞬続きが聞きたいと思ったが、すぐにどうでもよくなりそのまま店を後にした。