2015年08月01日

乱視

彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、目に映るもの全てがぐちゃぐちゃだ。
彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、美しきを蔑み醜悪を慈しむ。
彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、純粋を憎み穢れを良しとする。
彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、嬉々として、人の想いを踏みにじる。
彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、正義を挫きまた悪をも挫く。
彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、捉える気も無い。
彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、彼女に正もましてや誤も無い。
彼女は物事を正しく捉えることが出来ない、彼女が愛するものを彼女は愛す。
posted by 沈ゆうこ at 01:08| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月23日

働き蟻、働いたばかりに

せっせと餌を運ぶ蟻の行列を見て「暑いのに頑張ってるなあ」なんて思っちゃったもんだから、その餌がアリの巣コロリだとわかった瞬間僕はその場にしゃがんだまましばらく動けなくなってしまった。
助けなきゃ、とか、ひどいことを、なんて一瞬頭によぎって、既にアリの巣には充分過ぎるほどのアリの巣コロリが運び込まれているだろうしそもそも、僕だって家に蟻が出たら同じことをすると思い直した。蟻に肩入れするなんて暑いからかなあなんて頭の悪い考えを夏のせいにして、買ったばかりのコンバットが入った買い物袋を地面に置いてまた蟻の行列を眺めた。
「ありさん」という声に顔をあげると、服ばかり小綺麗な母親に連れられた服ばかりかわいい女の子が僕の足元を指差していた。ありさんではなく僕と目が合いすぐに逸らした母親は、しきりにありさん、ありさんと繰り返す女の子に「そうね、蟻さんね」と曖昧に返事をし、ぼんやりした表情で僕の横を通り過ぎていった。
いつの間にか一匹の蟻が地面に置いた買い物袋の上をうろうろしていた。それを摘まんで遠くに投げると、なんだかひどく満足してしまって、僕はその場をあとにした。
posted by 沈ゆうこ at 23:57| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月06日

かわしたさん

僕が千と二百四十五円を差し出すと、レジの女の子はすごく困った顔をした。
ディスプレイには七百四十五円と表示されている。だから千と二百四十五円を出したがレジの女の子、名札には『かわした』と書いてある、かわしたさんにはそうすればお釣りが五百円玉一枚になることが理解できないらしく、困った顔で二百円と僕を交互に見ている。
多いと思うなら返せばいいのに、別に五百円玉一枚だろうが百円玉が三枚だろうがどっちでもいい。もしくはそのまま会計したって計算してくれるのはレジだ、かわしたさんはただお金をもらってレジに出た金額を返してくれればいい。だいたい四十五円がわかるなら二百円も予想が付くだろう。
一瞬、ほんの一瞬苛立ちを覚えたが、顔が可愛いので許した。
許したついでに、このまま放っておいたらどうなるのか少し興味が湧いたが後ろに人が並んでしまった、品出しをしている店員を見たがひたすらじゃがりこを並べていたので諦めた。
「あの、たぶんそれでも合ってると思うんで」
たぶんじゃなくて合っている。かわしたさんも合っている。
というか、七百四十五円以上なら仮に九百七十二円とか、そんなとんちんかんな金額出したってそこはレジが上手いことやってくれるので合ってるとか合ってないとかないのかもしれない。
とにかく僕はお互いの意見を尊重したつもりで歩み寄る言い方をしたのだけど、かわしたさんは僕が合っているとは微塵も思っていないためその気遣いは伝わらない。それどころかちょっとおかしな客だとさえ思われていそうだ、眉間に皺を寄せている。後ろの人が舌打ちをして、品出しをしていた店員が慌ててレジに入った。
「千二百四十五円でよろしいですか」
まだ納得いってない、今ならまだ訂正できますよという声色。よろしいです、合ってます。
かわしたさんが金額を入力するとレジのディスプレイはお釣りを五百円と表示した、のだと思う。僕はかわしたさんを見ていた。
かわしたさんは目を少し開いて小さく、本当に小さく、おお、とつぶやいた。一瞬聞き間違いかと思った。おお、て。
「五百円のお返しです」
すごくないですかとでも言いた気な顔。さっきからこの子は、こんなにも思ってることが外に出ていて大丈夫なんだろうか、学校でいじめられたりしてないだろうか。
何か話しかけようとしたけどやめた、かわしたさんは僕が買った煙草とパンと飲み物を袋に詰めている、袋が少し小さい気がする。後ろにいた人が会計を済ませ店を出た。
煙草とパンと飲み物がぎちぎちに詰まった袋を受け取り僕もようやく店を出る。
「店長、今すごいことがあったんですよ」
かわしたさんの、おそらく今日一番に頭の悪い発言が聞こえた、一瞬続きが聞きたいと思ったが、すぐにどうでもよくなりそのまま店を後にした。
posted by 沈ゆうこ at 04:07| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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